地域の中で当たり前に「共に生きる」ことのできる社会作りをめざして。静岡市静岡手をつなぐ育成会

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ホッと ちょっと いい話

このページは、障がい児者に関わる人びとのいろいろな想いをご紹介するページです。
今回は、障害を持つ人のご兄弟からの想いを掲載しました。
皆さんにとって何かしらのヒントや元気のもとになり、前向きな気持ちになれる一つのきっかけになれたら嬉しく思います。ぜひ読んでみてください!

*座談会のページが新しく加わりました。左側のバナーもしくはこちらからご覧ください。

*機関紙『親の手この手』コラムに掲載の役職名は、原稿記載時のものです。

 

~障がいのある兄弟について~  「弟と家族について」

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執筆者:Yさん・姉・20歳代
ご本人:ダウン症・10歳代・男性

私の弟はダウン症です。ふりかえると私は自分が小学
生の頃、よく弟の障害に対して考えていたと思いま
 兄弟
                   写真はイメージです
す。弟が障がいを持っていることに対して、「恥ずかしい」という思いも確かにありましたが、私立中学へ進学してからは周囲に家族を紹介したりすることはなく、弟は弟だと考えるようになりました。また、私は弟が障がい者であること以上に、私は弟に対する両親の接し方への不満の方が大きかったです。障がいがあるから普通の人よりも優しくするという考えは確かに大切です。ですが、弟のやることすべてを取り上げて代わりにしてあげることや、すべてを弟に合わせることは、子供心ながらそれは優しさではないと思っていました。
人間は誰であれ、内外ともに成長する生き物です。失敗経験から多くのことを学んで身につけます。それは障がいがある弟も同じです。やり方を教えて時間がかかってもできるようにしてあげることで成長していきます。
私が中学生の時、両親は私に「弟に対して厳しすぎるのではないか」と時々言いました。ですが、甘やかして何もできないままである方が、私はとても可哀想だと考えます。甘やかさずに挑戦させて出来ることがひとつ増える。これは障がいの有無に関係なく、すべての子育てにおいて大切なことではないでしょうか。家族の成長を喜ばないで、どうして家族といえるのでしょうか。
私の弟はとてものんびりとしていて穏やかな性格です。ですが、教えればゆっくりと学び成長しています。時々駄々をこねることもありますが、やる気を出せばなんでも出来る弟です。そんな弟の持つ可能性を、『ちょっと厳しい姉』の私はいつも信じています。



 

~障がいのある兄弟について~

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執筆者:Iさん・弟・30歳代
ご本人:知的障がい・30歳代・男性

私の兄には障がいがあります。兄の障がいは知的障がいであり、身体障がいの方と違って外見は健常者とほとんど変わりません。小さい頃は寝る部屋も一緒で
 兄弟
                 写真はイメージです
よくてんかんの発作を起こしていました。当時の私の中では、それが普通であると思っていました。
しかし自分の兄が障がい者であるという事が理解できるようになると周りの友人の目を気にするようになりました。本来であれば同じ小学校に通うはずなのに違う学校に通っていることなども、友人に見つかりたくないと感じていました。また、家族の事を自分から話すこともできませんでした。
自分が兄の事を抵抗なく友人に話せるようになったのは、兄が社会に出るようになってからです。毎日自分よりも早く起きて文句ひとつ言わずに働いている姿をみて、兄に対する思いが徐々に変わっていきました。また兄が障がい者の人たちとイベントで笑っていたりしている姿や好きなことに取り組んでいる姿を見ても変わっていきました。
自分自身、障がいを持つ兄の事を受け入れるのに、年数はかかりました。家族で出かけていても距離を置こうとしていた時もありました。しかし今は弟として兄の事を尊敬しています。今の自分があるのはそういった環境があったからです。逆に障がいを持つ兄を持ったことで、強くなれたと感じています。
この先何年後かには、親に代わって兄の事も自分が責任をとってみていくことになります。兄が兄らしく生活や仕事ができるよう、できる限りのサポートをしていきます。そして兄弟以上に両親は苦労を重ねています。兄と一緒に兄弟力を合わせて成長していくことが親に対する孝行になるかと思います。親に対しても、兄に対しても常に感謝を忘れずに接していきます。




~障害のある兄弟について~

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執筆者:Mさん・兄・30歳代
 ご本人:点頭てんかん・20歳代・男性

弟は生後5か月で病気を発症して障がい者になりました。私とそれ程年齢の差はなかったので、私は生まれつきこの子は障がいを持って生まれてきたと思って接
 兄弟
                 写真はイメージです
してきましたが、本当のところはそうではなくて彼はこの世に生をうけた時には通常の状態、健常者として生まれました。
しかし運に恵まれなかったのか人生の最初で大きな転機を迎えて、一般的には不幸と言われるような状態になりましたが、両親の懸命の努力の甲斐もあって症状は徐々に緩和されていき、障がいは残りましたが、一時の最悪の状態は免れました。
障がい者を家族に持つと大変なことばかりで彼には振り回されましたが、今思うとそれはそれで良い経験になったかなと振り返ることができます。
価値観が際限なく移り変わっていく現代社会において、多様な人々と触れ合わなくてはいけないような環境下では彼のような人間が傍に居たおかげで、自身の基準軸から大きくかけ離れた人々と接しなくてはいけない状況でも違和感なく接することができるのは、彼の存在が大きく左右していたのではないかと言えると思います。
障がいは人それぞれ千差万別なので素人としては想像の範囲までしか語れませんが、身内の方は最後の防波堤として温かく見守っていてほしいと思います。



 

子どもの障がいをどう受け入れたか ~ともに地域で生きる~

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    執筆者:Oさん・父親・60歳代   
    子ども:知的障がい・26歳・男性 

26歳の息子は、軽度の知的障害があり、現在は就労継続Aで一般就労を目指して訓練しています。
私の勤務の関係で家族全員が東京暮らしをしていた平成3年、息子が2歳のとき、風邪による高熱で1ヶ月間意識不明におちいり、結果、脳に障がいが残り、軽度の知的障害となりました。言葉も早く、活発だっただけにショックは大きかったですが、1ヶ月間のこん睡状態から戻ってきてくれた喜びの方が大きかったです。
ただやはり、将来のことが心配になり、そこで考えたのが、地域で息子を見守ってもらうことでした。そのため息子には酷なことだったと思いますが、幼稚園(途中から静岡にもどり)、小学校、中学校と普通学級で学ばせました。そして私自身も、町内会活動、PTA活動に積極的に取り組み、地域での息子や私の認知度を高めることに努めました。
小学校では、毎学期、校長に呼び出され、養護学級への転校を薦められましたが、「学習にはついていけないかもしれないが、これからも地域で生きていくしかないのだから、地域でたくさんの友達ができるように、普通学級で学ばせたい」と頑として断り続けました。結果として、今でも一緒に遊んでくれる友達ができましたので、よかったと思っています。しかし一方で、高校から養護学校(南の丘分校)に通い、そこでわかったことは、養護学級であればマンツーマンで指導してくれるので、しっかりと学習できたかも知れないという思いです。どちからがよかったのか、将来、息子が判断してくれると思いますが、息子のためにも、これからも私自身、地域に根ざした活動を続けていきたいと思います。「ともに地域で生きる」これが私たちの親子の永遠のテーマです。





子どもの障がいをどのように受け入れたかわが子の障がいと生きがい

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 執筆者:Sさん・父親・50歳代  
   子ども:ADHD、広汎性発達障害、知的障がい・20歳・男性 

この子は、遠い世界から私たちの夫婦を選んで生まれてきてくれた、と思えるようになったのは、彼が小学校3年生ころでした。私は妻の誕生日に、一冊の本をプレゼントしました。(『生んでくれて、ありがとう』葉祥明、サンマーク出版、1,500円)。私たちは、彼の障害を理解するために何度もこの本を読みました。今思えば、我が子の障害を受け入れるまで、以下の経過をたどりました。
  ①障害を受け入れられず、発達の遅れがやがて正常にもどると思えた時期(障害の否認)。
  ②多くの医療機関を受診するなかで、「養育態度に問題があったのでは・・」と言われたように
   思えた時期(悲しみと落ち込み)。
  ③子どもの障害の理解より、保健・医療関係者の態度に悲しく虚(むな)しく思えた時期(怒り
   と不信感)。
  ④彼にとって一番大切なことを見落としていたことに気付いた時期(障害の受容と発見)。
  ⑤我が子と共に歩んでいる時期(希望・創造)。
  ⑥親子の絆の大切さに学んだ時期(療育指導)
彼の言動は、これまで私たちに数多くのことを教えてくれました。それは、あたりまえのことが、普通にできることの素晴らしさです。そして今、この子の存在が、私たちの生きがいとなっており、感謝の気持ちで一杯です。(産声(うぶごえ)を聞いた瞬間思ったよ。ありがとう。「病院で父作成」)その人の人生を創り出す、考え方や感じ方・行動や体験などを、これからも私たち家族は、大切にしていきたいと思います。




 

子どもの障がいをどのように受け入れたか ~一歩ずつ~

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 執筆者:Yさん・50歳代・父親 
 子ども:知的障害を伴う自閉症・中学生・女性

待望の一人娘が誕生し、病気もせず順風の成長をとげ至福の日々が続いていました。
やがて一歳の誕生日を迎える頃、目線が合わない・人に興味を示さない・言葉を発しない等近所の子ども達と比べて成長が遅いと感じ始め、掛かり付けの小児科医の紹介で総合病院の専門医を受診しました。聴力と脳波の検査は問題ありませんでしたが、気になる症状に関しては通院の都度『もう少し経過・様子を見ないと何とも言えない。』というお話の連続でした。頭の中では障害かも?という不安がよぎりつつも診断結果が出ない事もあり気持ちばかりが焦る日々が続きました。
その後別の病院を受診するようになり娘が三歳になった頃、知的障がいを伴う自閉症との診断が下り、定期的な診察と訓練が始まりました。当時の担当の医師は私達の不安に丁寧に対応してくださり、『娘さんは他の子と違って成長がゆっくりなだけです。体は三歳に成長しましたが、心はやっと一歳です。これからも娘さんのペースで必ず成長していきます。子どもの力を信じてください。』という言葉に励まされ、娘の障がいを少しずつ受け入れられるようになり親としての覚悟ができました。
あれから歳を重ね、成長の喜びを味わうと共に数々の問題行動に振り回されることも多く、将来に対する不安は尽きませんが、娘の笑顔と親に対する信頼は何よりも心を癒してくれ、父親として改めてその責任を痛感させられます。今後も娘自身のペースで一歩ずつ成長していく姿を見守り導いていきたいと思います。
最後になりますが、娘の生活や成長は私達親の力だけでなく日頃より関わって頂いております皆様のおかげによるものと感謝しています。この場をお借りしてお礼申し上げます。




  2014.12.20発行 機関紙「親の手この手」73号より

ホームページ、ご覧になりましたか?

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トップページではかわいらしい子どもたちが出迎えてくれています。明るく優しい色づかいの素敵なホームページです。毎月更新されますので、月に1度はアクセスしてみてくださいね。
私もわが子を産んだ時にパソコンで色々と地域に障がい児のための会はあるのかと探しまくりました。しかし当時はこのようなカラフルなホームページは少なく、気分的にも大変落ち込んだことを思い出します。今は、こんな素敵な育成会のホームページがあります。療育に悩むお母さんたちの一筋の光になればと願っています。 
学級部部長 永田恭子

永田恭子





 2014.9.20発行 機関紙「親の手この手」72号より

ぜひ、機関紙に目を通して!

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今年度から幼児部長として活動することになり、わからないことだらけで右往左往しています。そんな中で機関紙発行のお手伝いもさせていただき、役員委員の皆様の情熱に、大変驚かされました。内容の充実はもちろん、発行まで細かいチェックを繰り返し、発行にこぎつけたら、もう次号の企画を考える。
皆様どうか、ゆっくりお時間を取って、機関紙のすみずみまで目を通してみてください。お役に立てること受けあいます。
幼児部部長 毛利嘉苗

毛利





 2014.6.20発行 機関紙「親の手この手」71号より

お気軽に

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最近、孫と遊んでいると自分の子育ての頃の事がうかんできます。長男の障害が受けいれられず、将来も見えず不安で一杯でした。小学校4年生になり、なかよし学級に通いはじめたのが、私と育成会の出会いでした。育成会の先輩お母さんにどんなに助けられたか、話を聞いてもらうだけで安心感が持てました。その時の長男も32歳、私も年を重ねました。
お世話になった先輩お母さんの様になれたかは疑問です。
聞いてほしい事があれば気軽に声をかけて下さいね。
副会長 石神志津江

石神





 2014.3.20発行 機関紙「親の手この手」70号より

第2の人生

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会に入会して30年の月日が過ぎました沢山の先輩方が地道に積み上げて勝ち取ったさまざまな支援制度に感謝しながら、私でも出来る事があればと現在も頑張って会の仕事に奮闘していますが、そろそろ後輩にバトンを渡して役目を終わりたいと思っています。親も障害の息子も第2の人生の出発時だなと思い、未来に胸膨らませて活発な家族会議をしている今日この頃です。
副会長 首藤礼子

首藤礼子





 2013.12.20発行 機関紙「親の手この手」69号より

第46回東海北陸大会in静岡を終えて

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二日にわたった東海北陸大会、スタッフとしてお手伝いして頂いた会員はじめボランティアの皆様、ありがとうございました。私は26日の受付担当でした。お手伝いの説明もほとんど無い中、皆様の対応やその場の機転はとても良く、また当日のお手伝いの本人たちも一生懸命資料を配ってくれました。27日の大会終了後スタッフが両側に並び、帰る方々に笑顔で「ありがとうございました」と送り、東海北陸静岡大会は無事に終わりました。
副会長 勝岡節子

勝岡節子





      2013.09.20発行 機関紙「親の手この手」68号より

東海北陸大会に思う

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10月26日・27日に静岡市で開催される東海北陸大会を目前にして感無量の気持ちです。それは私が育成会活動に参加するきっかけになったのが二十数年前に静岡市で開催された大会のお手伝いをした事からだったのです。
以来、障害のある子供たちの生きがいのある生活を求め、働く場である小規模授産所、生活の場としてのグループホーム、余暇を過ごすための本人活動、エンジョイ等、育成会の皆様と共に走り続けてきました。
今年最大の育成会活動としての東海北陸大会を皆様のパワーを結集して成功させましょう。そこから若い会員の皆様の新たな育成会活動が始まると思います。
副会長 新井肇子

似顔絵 新井





 2013.06.20発行 機関紙「親の手この手」67号より

障害者虐待防止法

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障害のある人たちの人権を守るために施行された障害者虐待防止法。私達家族の中でも今一度問い直してみることが必要かなと思います。知的障害のある人たちの特性のように語られる、パニック・頑固などの行動は、その原因を探っていくと、自分の意思を汲み取ってもらえない結果としての表現なのではないかと思います。親は、一生懸命の育児の中で彼等の人権を無視していることはないでしょうか?こんな事を考えるきっかけにしたいと思います。
顧問 河内園子

河内様





  2013.03.20発行 機関紙「親の手この手」66号より

頼れる弟

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我が家には、自閉症の長男と7才下の次男がいます。小学校にあがる頃には立場が逆転。弟がいばって、兄を叱りつけるというかんじ。兄は弟の言いなりです。
今では、部活に塾に遊びにと多忙でかかわる時間が少なくなりましたが、いっしょにお風呂に入ってくれたりと面倒見がいい子です。
将来、兄が弟の負担にならないようになんとかせねば…と思いつつ、ついつい弟に頼ってしまう毎日です。
施設部部長 桜井昌子

櫻井






 2012.11.20発行 機関紙「親の手この手」65号より

共に分かち支え合う

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ロンドンオリンピック・パラリンピックの今年。
地球の反対側で行われている競技をリアルタイムで応援する為に寝る間も惜しんでTVの前で、狂喜乱舞していた。確実に翌日(当日?)の生活に影響が出たのだが、多くの感動とエネルギーを頂いた。
水泳・サッカー・レスリング・・・など、それぞれの選手一人一人が日々切磋琢磨し、体格で勝る相手と真剣に競技している姿、そしてチームワークにより、より良い結果がもたらされた。
仲間や家族の絆、結束の強さを実感すると同時に育成会の未来像を重ねてみた。
確実に時代は進んでいる。共に手を携えて分かち合う事で、また1歩進んでいけると信じている。
授産部部長 山梨華子

山梨華子





 2012.06.20発行 機関紙「親の手この手」64号より

あなたは龍をみたことがありますか?

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昨年訪日されたブータン国王の「龍は私達の心の中にいて経験を食べて成長する。だから日増しに強くなる。」このメッセージは、まだ震災で暗かった日本人の心に強く響きましたね。今年度から、私も学級部長として新しい経験をすることになりますが、心を成長させ強くすることができるでしょうか?評議員の皆さんと共に経験を食していくことに感謝し、お互いの成長を楽しみにしています。
学級部部長 山田雅子

山田雅子





 2012.03.20発行 機関紙「親の手この手」63号より

嫁ぐ娘へ

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台所に二人で立ち料理を作っている。ああ、こんな日が来るなんて・・・まだまだ先の事と思っていたのに・・・
「お母さんは、いつもお兄ちゃんの事ばっかり!!」そんな事を娘に言わせてしまった事を悔やんだ日が思い出されます。
とにかく、母として娘に伝えるには、長い時間が、かかりそうです。
本人支援部部長 石神志津江

石神





 2011.12.20発行 機関紙「親の手この手」62号より

息子の誕生日によせて

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10月は息子の25歳の誕生日でした。25年前、生後5か月の時発病し、後遺症として知的障害を背負うことになりました。当時現実を直視できない苦しさは、暗やみの中にほうりこまれた様でした。
そして、現在息子を育ててきて見えたものは、私自身の成長でした。忍耐、寛容、思いやり等々、又育成会の方々との出会い等。本当に大切なものを培わせていただきました。ありがとう!そしてこれからも宜しく。
施設部部長 松永幸枝

松永幸枝





 2011.9.20発行 機関紙「親の手この手」61号より

老犬介護

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我が家の愛犬ハーブ君(シーズー16才)は最近、ボケてきました。
吠えた事などなかったのに!!歩くのもままならないハーブは、吠える事で私達に意志表示をします。トイレ・水・食事と吠えるたびに世話をしています。
作業所から帰宅した娘も、寝るまでハーブの面倒を見ています。
夜中は私と主人が介護します。日々、弱っていくハーブを見るのは本当につらく、悲しいです。でも娘にとっては、目の前でハーブから、死という事を教えてもらっているのだと感じています。
一日でも永く我が家で生きてほしい。家族全員で精一杯の介護をする毎日です。
授産部部長 小川美恵子

小川





  2011.6.20発行 機関紙「親の手この手」60号より

文化祭へいこう!

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第1回、第2回と進歩を続けてきた育成会文化祭。
「団結したメンバーの笑顔が見たい!」この一心で第3回が開催される事になりました。より楽しい文化祭にする為、本年度も文化祭実行委員が会議を重ねています。
しかし、文化祭を成功させる一番の“力”は皆様のご協力にあります。
一人一人が「文化祭を自分たちで盛り上げる」気持ちで多くの方々のご参加をお願いします
10月30日(日)は育成会文化祭へ行こう!
第3回育成会文化祭実行委員長
   成人部B部長 田形昌子

田形昌子





  2011.3.20発行 機関紙「親の手この手」59号より

がんばりのもと

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特別支援学校の高等部に通う娘は、「今日はがんばらないと」という日の朝には、お気に入りの曲を聴きます。いつまでも聴いていて朝の支度が遅れ、おこられる日もあるので、逆効果だと思うこともあるのですが聴かずに出かけると調子がでないそうなのです。
そうかなぁZARDでテンションがあがるのか?と思いつつ、あなたが笑顔でいてくれるなら私も、がんばれる、と思う毎日です
学級部部長 新美真奈美

新美真奈美





  2010.12.20発行 機関紙「親の手この手」58号より

成人部Aの部長になって

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これまで育成会の会員とは名ばかりだった私が、今年、成人部Aの部長になりました。役員会、行事に参加するようになり、育成会の活動を支えてこられた役員の方のパワーと行動力に驚き、続けてこられた関係者全員に敬意を表します。
成人部Aの部長になり責任を感じておりますが、多くの会員の皆様と一緒に楽しみながら、この責任を一つ一つ果たして行こうと思ってます。これからも宜しくお願い致します。
成人部A部長 藤ヶ谷和代

藤ヶ谷





  2010.9.20発行 機関紙「親の手この手」57号より

安心して暮らせる街をめざして

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先日、機関紙部では地域におけるセーフティネットの座談会を行いました。ちょっとしたサポートで「障害のある人が安心して暮らせる街になったらいいのになぁ~。」を少しずつ形にしてきたものです。これ
までに5回の座談会を行ってきましたが、第3弾では、しずてつジャストライン様、第5弾ではユニー(株)アピタ静岡店様との座談会を行い、また静岡県発達障害者支援センターが医療従事者に向けたDVDの製作にも関わり、障害のある人が暮らしやすくなる為の活動をしている人と企業等をつなぐ取り組みをしてきました。
今後も安心して暮らせるための活動を続け、より良い支援体制を構築して行きたいと思います。
機関紙部長 杉山正子

似顔絵 杉山





2010.6.20発行 機関紙「親の手この手」56号より

出会い お仲間

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バイパス側道作業も早8年の年月が過ぎ、最初から作業に携わっている方々は10名あまり、この出会いとお仲間は私にとっては生き方をも変えた方々だと思っています。少し年を重ねてきておりますが、何時までも元気でバイパス作業の事業を支えてほしいと願っています。この出会いとお仲間の原動力が無かったら、育成会バイパス事業は此処まで続いては来なかった。
よき出会いとよき仲間に会えた事は自分自身の幅が広がったと思い感謝しております。
副会長 海野保江

海野





 2010.3.20発行 機関紙「親の手この手」55号より

障害者用トイレ

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障害者用トイレと言っても中身は色々です。息子の車イスはリクライニング付きでとても大きいです。車イスが入りきらない小さなトイレがあります。一方ベッド付きの広いトイレもあります。一般的には車イスは入るがベッドの無いものです。この場合、背もたれを倒してから使います。車イスには矯正用のスポンジもついているので狭く使い辛いです。体力と技で頑張る
しかありません。全ての障害者用トイレがベッド付きの広いものになる事を望んでいます。
成人部A部長 多田澄子

多田

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電話:054-254-5218/FAX:054-269-5034
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